美容室の最低賃金引き上げ対応と賃上げ促進税制|2026年10月の時給改定で使える税額控除を税理士が解説
「10月から最低賃金が上がるらしいけど、うちのアシスタントやパートの時給、今のままで大丈夫だろうか」「上げてあげたい気持ちはあるけど、上げた分は誰が払うんだろう」。美容室・サロンのオーナーであれば、9月に入ってこんな不安を抱えている方も多いのではないでしょうか。
技術者一人ひとりの生産性がそのまま売上に直結するサロン業では、人件費の増加は経営に直接響きます。一方で、シャンプーやアイロンといった技術は人にしか担えず、「賃金が上がったから機械に置き換える」という選択肢もほぼありません。だからこそ、賃上げの負担を少しでも軽くする公的な仕組みを知っておくことが、これからのサロン経営には欠かせません。
本記事では、2026年10月に予定されている最低賃金の引き上げが美容室経営に与える影響と、給与を引き上げた事業者が税負担を軽減できる「賃上げ促進税制」の活用ポイントを、税理士の視点から解説します。
1. 2026年10月、最低賃金はどう変わるのか
最低賃金は都道府県ごとに毎年見直され、例年10月前後に切り替わります。大阪労働局の発表によると、大阪府の最低賃金は2026年10月1日から時間額1,231円に改定される予定です(現行は2025年10月16日発効の1,177円で、54円の引き上げ)。
この改定は、年齢やパート・アルバイト・学生といった雇用形態にかかわらず、大阪府内で働くすべての労働者に適用されます。他の都道府県でも同時期に同様の引き上げが行われるため、店舗が大阪府外にある場合や、他府県から通うスタッフを雇用している場合は、その都道府県の最低賃金額をあわせて確認してください。最終的な金額・発効日は都道府県ごとの答申を経て確定するため、必ずお近くの労働局や厚生労働省の発表で最新情報を確認しましょう。
美容室特有の「見落としやすいポイント」
| チェック項目 | 注意点 |
|---|---|
| アシスタントの時給 | 基本時給が最低賃金を下回っていないか。昇給テーブルの見直しが必要な場合がある |
| 歩合給スタイリスト | 売上歩合と固定給を合算した「みなし賃金」が、実労働時間で割った時給換算で最低賃金を下回っていないか要確認 |
| 研修・練習時間 | 営業時間外の技術練習やシャンプー練習を「業務」として扱っている場合、労働時間としてカウントされ、最低賃金の対象になり得る |
| 面貸し・業務委託 | 雇用契約でなく業務委託契約であれば最低賃金の対象外。ただし実態が雇用に近い場合は偽装請負とみなされるリスクがある点に注意 |
特にアシスタントの練習時間の扱いについては、労務トラブルに発展しやすいテーマです。最低賃金の引き上げをきっかけに、一度就業規則や賃金台帳を見直しておくことをおすすめします。歩合給スタッフの賃金設計については、美容室の冬季賞与、歩合給スタッフの賞与計算と社会保険・源泉徴収の実務を税理士が解説もあわせてご参照ください。
2. 賃上げの負担を軽くする「賃上げ促進税制」とは
最低賃金の引き上げは、アシスタントやパートだけでなく、店全体の給与水準の底上げにつながることも少なくありません。人件費が増えること自体はサロンの成長にとって前向きな側面もありますが、税負担の面で活用できる制度があります。それが「賃上げ促進税制」です。
これは、青色申告をしている中小企業者・個人事業主が、従業員に支払う給与等の総額を前年より一定割合以上増やした場合に、その増加額の一部を法人税(個人事業主の場合は所得税)から直接差し引ける制度です。国税庁の案内によれば、個人事業主向けの制度は「令和4年から令和9年までの各年」に適用されます。
個人事業主(青色申告)の場合の仕組み
国税庁のタックスアンサー(No.1288)をもとに、中小事業者(常時使用する従業員数が1,000人以下の個人事業主)向けの内容を整理すると、以下のようになります。
| 要件 | 内容 | 控除率 |
|---|---|---|
| 基本要件 | 雇用者給与等支給額が前年より1.5%以上増加 | 15% |
| 上乗せ要件1 | 雇用者給与等支給額が前年より2.5%以上増加 | +15% |
| 上乗せ要件2 | 教育訓練費が前年より5%以上増加し、かつ給与等支給額の0.05%以上 | +10% |
| 上乗せ要件3 | くるみん認定・えるぼし認定など次世代育成支援に関する認定の取得 | +5% |
すべての要件を満たすと控除率は最大45%に達し、給与等支給額の増加分のうち半分近くを税額控除で取り戻せる計算になります。ただし控除できる金額には上限があり、その年の「調整前事業所得税額の20%」が限度です。控除しきれなかった金額は、翌年以後5年間にわたって繰り越すことができます。
サロンの場合、スタイリスト・アシスタントに加えてスタッフを新規採用したケースや、カット技術・カラー技術の社内研修に力を入れているケースは、上乗せ要件に該当しやすい業種といえます。ホットペッパービューティーの集客対策や店販強化と並んで、「人への投資」を数字で見える化しておくことが節税にもつながります。
法人化しているサロンの場合
法人の場合も同様の枠組みで「中小企業者等における賃上げ促進税制」が用意されており、資本金1億円以下または常時使用する従業員数1,000人以下の法人が対象です。基本の控除率や上乗せ要件の考え方は個人事業主向けとほぼ共通していますが、税制改正のたびに上乗せ要件の内容や適用期限が見直されているため、事業年度の開始時期によって適用条件が異なる場合があります。法人化を検討している、あるいはすでに法人化しているサロンは、最新の国税庁・中小企業庁の案内で自社の事業年度に適用される要件を確認してください。
3. 賃上げ促進税制を使うために今からやっておくこと
- 給与台帳を年単位で整理する:前年・当年の「雇用者給与等支給額」を比較できる形で集計しておく。歩合給・残業代・賞与も対象に含まれるため、給与計算ソフトの設定を確認する
- 昇給・新規採用の時期を記録する:最低賃金対応で時給を引き上げた日付、新卒・中途採用の入社日を明確にしておくと、増加割合の計算がスムーズになる
- 教育訓練費を区分して記帳する:外部講習会の参加費、技術セミナーの受講料などを「教育訓練費」として他の経費と分けて計上する
- 確定申告時に必要書類をそろえる:税額控除の適用には確定申告書への明細記載が必要です。申告直前に慌てないよう、決算の数か月前から準備を進めましょう
賃上げ促進税制は、給与を上げた「結果」に対して事後的に適用される制度です。逆にいえば、賃上げそのものの資金繰りを助けてくれる制度ではありません。人件費増加分の資金繰りが不安な場合は、日本政策金融公庫の融資や、業種によっては賃金引き上げに関する助成金の活用もあわせて検討する必要があります。あわせて、社会保険料の定時決定・随時改定への影響についても、美容室の社会保険料は9月から変わる|歩合給の定時決定・随時改定を税理士が解説で確認しておくと、人件費全体の見通しを立てやすくなります。
4. 賃上げ以外にも使える「節税とセットの投資判断」
最低賃金対応で人件費が増える年は、あわせて設備投資や経費計画も見直す好機です。たとえば、シャンプー台やスタイリングチェアなど少額の設備投資については、少額減価償却資産の特例を使って一括で経費化できる場合があります。人件費と設備投資の両面から今期の税額控除を検討したいサロンは、美容室の少額減価償却資産の特例|30万円→40万円に拡大される設備投資の節税ルールを税理士が解説もご覧ください。
5. よくある質問
Q. 開業したばかりで前年の給与実績がありません。それでも対象になりますか?
賃上げ促進税制は「前年と当年の給与等支給額を比較する」制度のため、原則として比較対象となる前年の実績が必要です。開業初年度や、設立事業年度など前年との比較ができない場合は適用対象外となるケースがあります。開業して間もないサロンは、まず正しい給与計算・記帳の仕組みを整えることを優先し、2年目以降の適用を見据えて準備しておくとよいでしょう。
Q. 歩合給スタッフの賞与や残業代も「給与等支給額」に含まれますか?
国内雇用者に対して支払う給与・賞与・諸手当は、原則として「給与等支給額」に含まれます。歩合給や残業代、通勤手当なども対象に含まれる一方、役員報酬や専従者給与など対象外となるものもあります。何が対象で何が対象外かは細かい取り扱いがあるため、給与計算ソフトの集計項目を顧問税理士と一緒に確認しておくことをおすすめします。
Q. 最低賃金を上げた分、メニュー価格に転嫁してもよいのでしょうか?
人件費の上昇分を適正にメニュー価格へ反映させること自体は、経営判断として珍しいことではありません。ただし値上げのタイミングや伝え方を誤ると既存客の離反につながるため、値上げの理由・時期・告知方法は慎重に検討する必要があります。値上げ戦略そのものについては、経営面から改めて検討することをおすすめします。
まとめ
- 大阪府の最低賃金は2026年10月1日から時間額1,231円に改定予定(現行1,177円から54円引き上げ)。他府県も同時期に改定されるため、必ず該当都道府県の発表を確認する
- アシスタントの時給、歩合給スタイリストの実質時給換算、練習時間の労働時間該当性など、美容室特有の見落としポイントを事前にチェックする
- 給与等支給額を前年より一定割合以上増やした事業者は、「賃上げ促進税制」により所得税・法人税の税額控除を受けられる可能性がある
- 個人事業主(中小事業者)の場合、基本控除率15%、上乗せ要件を満たすと最大45%まで控除率が上がる(控除限度額は調整前事業所得税額の20%、5年間繰越可)
- 制度の適用要件・控除率は税制改正で変わることがあるため、申告前に必ず国税庁・中小企業庁の最新の案内で確認する
最低賃金の引き上げは避けられない経営環境の変化ですが、賃上げ促進税制のように「上げた分を取り戻す」仕組みを正しく使えるかどうかで、手元に残る利益は大きく変わってきます。とはいえ、歩合給や面貸し・業務委託が混在する美容室の給与体系は、増加割合の計算一つとっても判断が分かれやすい分野です。
この記事の内容でご不明な点や、自店のケースに当てはめた具体的な判断が必要な場合は、美容室専門の税理士事務所フェリスにお気軽にご相談ください。
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